一九七五年は、住宅供給が量から質へと転換せざるをえなかった年である。さまざまな年表をつきあわせると、一九七五年の転換が、さまざまな形で姿を現すことに気づく。一つの世代の結婚率が記録的に高かった。世論調査で子どもの数は理想においても、現実においても二人でよい、となった。つまり核家族モデル定着の年である。公団住宅に空き部屋現象が始まった、等々。これらの変化をまとめるなら、ここから部屋の時代が始まった、と言っていいのではないか。
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なお、一九五五年に設立された日本住宅公団は、一九八一年には住宅・都市整備公団に、一九九九年には都市基盤整備公団となり、二〇〇四年には独立行政法人都市再生機構となった。三度の組織替えにともなう四つの名前の変遷があった。最初のキーワードは「住宅」、それに「都市」が加わった。ついで「住宅」というキーワードが消え「都市」が残った。住宅建設という使命は以後、民間デベロッパーに譲り、公共事業としては基盤整備に力をそそぐという意思表示であった。さらに「基盤整備」が「都市再生」にとってかわられたことからみて、無制限に続くと思われていた高度成長期は終わり、わたしたちは再利用と再生の時代にいる。