昭和六三年の秋に始まった海外建設業のわが国への参入問題は、平成元年には続々と現実のことになってきた。今、設計、建設、不動産の各分野において、海外企業の参入、あるいは海外企業とのJVは当たり前のことになってきた。今のところ、米韓両国の企業が主力であるが、これからは多くの国々の企業がわが国で建設業に関わってくることであろう。昔から、この業界ではヂバン、カン、ハン、カバンという言葉がある。これは、この業界がその地域に密着していることを示している。
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このようにその地域に密着している事業であるから、反対によそへ行くこいも、よそから来ることもあまり考えたことのなかったのが実態である。まして、国のレベルでなど、まったく関心のなかったことである。これが、わが国の経済の成長、日米貿易戦争の解決など、さまざまな要因から建設業の国際化にまで及んできた。明治以来、どこからも、誰からも、何もいわれたこいのない農業と建設業が国際問題として取り上げられ、さらに日米で構造協議の会議がもたれているということは、まさに有史以来のことである。